はつかぜ

畑を返すことになった。

はじめに

昨年の秋実家の隣の畑を借り農業を始めることになった。以降好きな種を蒔いては世話をし、少しばかりの収穫をいただいてきた。夏になり冬野菜はどんなものを植えようかと考えていたところ、地主さんからある連絡があった。この秋に家を建てることになったので土地を返してほしいとのことだ。いい機会なので、この一年弱の間素人なりに試行錯誤してきたこと、考えてきたことを記録しておく。

農業に対する基本的な考え

農業の目的

僕が農業をする目的は自給自足の生活をすることである。一度社会人としての道を歩もうとして精神を病んだ。世の中にあふれているほとんどの物に価値を見いだせなかった。にも関らず自分の時間をお金に変換している意味がわからなかった。自分の時間を使って自分にとって価値のあるものを生みだす。それをできるのが自給自足のための農業だと考えた。

農法

畑を借りる前から農法に関する情報は本やネット等で収集していた。そのなかでも目に付いたのが川口由一氏の自然農及び福岡正信氏の自然農法である。多少の違いはあるがどちらも無農薬、無肥料、不耕起という点で共通している。雑草や虫等を敵とせずそれらの活動によって土壌を豊かにし、その上で作物を育てるというものだ。この方法が自分に合っていると感じたので採用することにした。

また、育てる作物に関しては、高橋一也氏の「古来種野菜を食べてください。」に感銘を受け、可能な限り昔から栽培されてきたものを探すようにした。現在市場で流通している野菜は一代交配種と呼ばれるものが多い。一代交配種というのは、「生物において、ある異なった対立遺伝子をホモで持つ両親の交雑の結果生じた、第一世代目の子孫のこと」(wikipedia)であり、「その一世代に限って安定して一定の収量が得られる品種として知られ、多くの種苗会社が力を入れる分野となっている」()。一代交配種は収量、形質、味等がそろっているので市場競争力が高い。その一方で、一代交配種をかけあわせると、一代目ではかくれていた遺伝子が発現し、市場価値の高いものは収穫できない。このため、ひとたび一代交配種を育てはじめると、以降毎年のように種苗会社から種を購入することになる。

僕が目指したいのは自給的な農業である。作物の市場競争力はなくていいし、種苗会社に払い続けるお金もない。また、一代交配種ばかり育てられると、全国どこでも同じ野菜しか手に入らなくなり、食文化もあったものではない。それに対し古来種野菜は、地域ごとに代々受けつがれてきたもので、その土地にうまく適応し、その場所の食文化の形成に深く関わってきたものである。僕の地元和歌山でも、湯浅で作られる金山寺味噌で使われている湯浅なすというものが残っている。関係ないがあみ清数見商店というところの金山寺味噌がおいしい。「発酵文化人類学」(小倉ヒラク)にのっていた太田久助吟製のものはいまいちだった。表示を見ると人口甘味料(確かステビア)が入っていた。

閑話休題。種は古来種を多数とり扱っている野口種苗研究所のものを購入するようにした。

生ゴミの肥料

畑を借りてからというもの、台所からでる植物性の生ゴミは全て畑の一角に捨てるようにした。胡瓜や人参のへた、南瓜のわたや種等である。捨てたゴミは少し土とまぜ、発酵させて二年目から畑の肥やしとして利用しようと考えてのことだ。冒頭で書いた無肥料と矛盾するがまあこれも試行錯誤のうちである。

春から夏にかけて気温が上がり、梅雨には雨も降り、微生物の活動が活発になる。始めは臭いが大丈夫か心配だったが、日中30度を越えるようになってもほとんど臭くない。1メートル以内に近づいて少し臭うが、臭いというほどではない。臭い臭いではない。一時コバエがたかっていたが、今は目立たなくなり、かわりにコオロギがうじゃうじゃしている。

春の終りごろに買ってきた南瓜のわたと種もここに捨てた。しばらくするとそこから南瓜の芽が大量に生え、梅雨があけるころにはたくさん花をつけた。近くの養蜂場からだろうか、セイヨウミツバチがやってきて受粉してくれる。7月の終りごろにはおおきな実をつけた。収穫して煮物にしたがとてもおいしかった。捨てた種は一代交配種で、できたのはその子供なのでおいしくなる道理はないのだが、不思議である。

地主から土地の返還を打診されて畑に生ゴミを捨てるのはやめにした。ところが調理中にでるゴミの量は変化するわけでわない。野菜のうち食べない部分はすべてゴミ箱に捨てるようになった。畑を借りる前の状態に戻っただけである。ところが切った野菜のへたをゴミ箱に捨てるたびになんだか虚しくなる。畑に撒けばそこにまた植物が育ち収穫にも繋がる。ところがゴミ箱に捨ててしまうとなんにもならない。そればかりか、ゴミを集めてさらにそれを焼却しなければいけない。すべて税金である。ただ畑に捨てるだけでまた利用可能な形のエネルギーになるものを、税金を投入したうえで無にしているのだ。あまりにも勿体無い。しかも一般的な農家では、生ゴミを税金で回収してもらったうえで、肥料を購入してきて自分の畑に施すのだ。江戸時代なんかはさらに無駄がない。自分たちの排泄物まで畑に還元していたほどだ。

効率のよい社会とはなにか、いま一度考えなおしたほうがいいのではないだろうか。

育てた作物

たまねぎ

祖父の知り合いに苗をもらって植えた。確か初めて植えたのがこれである。土が固く肥沃度も低いためか玉が膨らまなかった。

小松菜

時期が悪かったのか、すぐにとう立ちしてしまった。

ほうれんそう

実験的に雑草を刈らずに蒔いた。これもとう立ちが早く、食べられなかった。

春菊

実験的に雑草を刈らずに蒔いた。これもとう立ちが早く、食べられなかった。

ごぼう

雑草を処理した場所と処理しない場所に分けて植えた。雑草の下でも元気そうに育っている。生育が遅いので土地を返却するまでに収穫できるか不明である。

じゃがいも

六月の雨でほとんど腐ってしまった。水はけが悪いのが原因だと思う。収穫できたものは小さかったが美味しかった。

ねぎ

warmerwarmerというところで買ったセット野菜に入っていたものの根を切って植えた。葱坊主ができ、種を収穫できた。

きゅうり

地這いきゅうりを植えた。雑草がしげってもそれに巻きついて元気である。種の部分だけよく太っていびつな形に育った。肥沃度の問題か。味は普通にきゅうりである。

かぼちゃ

上に書いた生ゴミとは別に日本かぼちゃを植えた。すぐに発芽したがそれ以降成長しない。花はひとつだけ目撃した記憶がある。

冬瓜

これもwarmerwarmerの野菜から種をとりだしたものである。かぼちゃと同様、発芽したが成長しない。

とうもろこし

雑草に負けずよく育った。ただ生育にばらつきがあり、うまく受粉できなかった。収穫できたものは歯抜けである。味はよかった。

いんげん

白金時菜豆と、つるありいんげんをうえた。白金時菜豆は収穫できたが成長が不十分で量が少ない。つるありいんげんは発芽しただけである。せっかく立てた支柱は虚しく、すずめの遊び場である。

伏見甘長唐辛子

発芽せず。

ごま

発芽せず。

小豆

あまり大きくならないが、長い期間にわたり収穫できている。粒が小さい。

すいか

発芽したが成長しない。

なす

実験的に雑草を刈らずに蒔いた。イヌムギかノゲイヌムギか同定できていない草が茶色く枯れているところに蒔いた。日照か水の不足か。

大豆

よく育っている。顔を近づけると枝豆のにおいがして楽しい。

さつまいも

よく育っている。少なくとも地上部は。時期的に収穫まで漕ぎつけるか微妙なところ。

里芋

よく育っている。と思っていたが、近所の畑のものはもっと育っていることに最近気が付いた。肥料をやっていないのでこんなものだろうか。本葉がでてすぐのころ黒いいもむしに葉脈をのこして食い荒されたが、また葉が出てきて平気そうである。こちらも土地を返却するまでに収穫できるかわからない。

にんじん

最近蒔いて発芽したばかりである。好光性のため種を蒔いた上にかぶせる草を少なくしたが、少なすぎたようだ。土が乾燥ぎみで発芽率はいまいちである。

おわりに

不耕起では一年目はあまりなにも育たない。土が固くて痩せているからである。三年目から突然変化が起こり、土が柔らかく肥沃になってくるという。その変化をこの畑で体感したかったのだがそれはかなわなかった。

この一年弱の短い期間にも、この土地の豊かさは格段に上ったように思う。土の上をコオロギやクモが行き交い、バッタやカエルが跳ね、チョウやトンボ、ハチが飛び回っている。土をいじればミミズやカタツムリ、アリがわんさかわいてくる。これらの虫を求めてスズメやセキレイ、イソヒヨなどの鳥が集まり、夜になればネコやイタチまで見かけるようになった。

ここに生きた生物たちはこれからコンクリートに埋められることになる。なんだか虚しい。

この一年弱の経験から、農業で生きていく自信が芽生えたように思う。そこにあるものを利用し、多くを求めなければいいのだ。この自信が確信にかわるにはもっと経験が必要だろうが。

畑を返したあとはすることがなくなってしまう。他の土地を探すのもひとつだし、別のことをするのもありかもしれない。いいご縁があればいいな。